40話:DESTINY桜色のグロリアス・バーサスにフライング・アタッチメントが装着される。コクピットでは少しセッティングが変更された操縦系の確認を桜が行っていた。起動するためのボタンを順序良く押していき、視界モニターが点る。計器が輝き始め、駆動音が響く。グロリアス・バーサスの目に光が灯った。「カタパルトにセット。美山機から順次出撃」 「システムオールグリーン。発進準備完了」 桜が最後のスイッチを入れると、全ての計器の数値が基準値を指した。 「エリアクリアー。出撃してください」 「桜よ!グロリアス・バーサス行くわよ!」 カタパルトが加速して、桜色のGが地中海へと飛び出して行く。フライング・アタッチメントが展開し、空へと飛び立っていった。 「ラウドリーです!行きます!」 「出撃します!」 2機のウィング・グロリアスが順次出撃し、翼を展開する。桜色の機体を追いかけていく。 「相手は“漆黒の鷹”よ!気をつけて!」 「了解っす!!」 「了解!」 桜たちに続いて、世界政府軍の戦艦からフライング・アタッチメントを装着したGやフロウ、新型のGまでも見える。 「・・・今日こそ・・・必ず」 桜は操縦桿をもう一度しっかりと握りなおした。 「戦艦6隻、海上艦5隻確認!G多数!!」 「全速で離脱準備!・・・鷹山君!」 「俺は行けるぞ!」 ブリッツェンはキャプテンシートの横に付いている艦内通信を開いた。モニターには既にブラック・バードに登場し、いつでも出撃できる態勢が整っていた。現在、ジア・エータには戦える戦力が翼のブラック・バード以外に無い。地中海沿岸のときから加わった、エルトの部下3人はエデン・チルドレンとの戦いで行方不明になり、ヴィラのシャイニングも原型をとどめないほど破壊されている。パイロット生きているのが不思議なほどだった。そして、パイロットも重症を負った。もう、翼以外に頼れるものは居ない。 「よし!援護を頼む!」 「任せろ!・・・鷹山だ!ブラック・バード出るぜ!!」 カタパルトが火花を上げて加速し、漆黒の機体を地中海へと押し出した。翼はすぐさま機体を戦闘機形態へと変形させ、世界政府軍のGの方へと向かっていった。 「あの機体は!!」 「・・・へぇ、アイツも居るのか」 翼と桜はお互いにその姿を確認した。ブラック・バードが先に仕掛けた。リニアライフルとエネルギー弾を牽制の意味合いを込めて桜色のGに向かって発射する。 「うっ!」 桜は機体を捻ってそれを回避した。だが、桜は回避して気づく。後ろには大量のGが居ることを。2機のGがエネルギー弾とリニア弾の直撃を喰らい炎を上げた。1機は爆散し、1機は航行不可能となり地中海へと落ちていく。 「ああっ!・・・」 桜はぎゅっと目をつぶった。自分のせいで2機のパイロットがやられた。もう、これ以上、仲間を失うわけにはいかない。桜は“漆黒の鷹”を睨みつけた。 「今日ここで、決着をつけるわ!!」 「しつけぇヤツだな・・・。今日こそ沈めてやるよ!!」 桜色のグロリアス・バーサスは背中から2本の長いブレードを抜いた。ブラック・バードもリニアライフルを腰に仕舞って、ブレードを展開する。両機が空中で激しくぶつかり合った。 レイザーのレーダーにもその反応が捉えられた。最大で広げられたレーダーには1機の戦艦とそこから発進したと思われる戦闘機、そして、それに対峙する無数のGと10隻近くの戦艦だった。 「隊長!今すぐブリッジに来て下さい!」 早口で叫ぶ友子の声にレッシュはただ事ではないことにすぐに気づいた。レッシュが部屋を飛び出して行くと、優美が心配そうにその後姿を見つめていた。レッシュからは「無茶するな」と言われており、これ以上言うことを聞かないときっと嫌われてしまうかもしれない。優美はそれだけは絶対にイヤだった。これ以上、レッシュに心配を掛ける訳にはいかない。 「おい・・・これって」 「恐らく“漆黒の鷹”ですね。このままだと・・・危険です」 「くっ・・・」 レッシュは歯をかみ締めた。また翼と接触すれば何が起きるか分からない。この前のように共闘できればいいのだが。その時、友子から思ってもない提案が出された。 「助けに行きますか?」 「え?」 「隊長の親友なんですよね。・・・この間は助けてもらった。今度は隊長が助ける番じゃないんですか?」 「・・・いいのか?」 レッシュは友子の目を見て言った。友子はにっこりと笑って、レッシュに言う。 「この部隊の隊長はあなたなんですよ。私はあくまで提案しただけです。判断をするのは隊長です」 「ありがとう。・・・タカを助けに行く!!」 そう言って、レッシュはブリッジを飛び出していった。友子は館内放送を掛ける。 「貴子さん、シェリー、至急ブリッジまで来て下さい。真琴さんはレッド・バードの出撃準備をお願いします」 貴子はEVEの端末の前でその放送を聞いた。レッド・バードに接続され、最終調整が終わった丁度のときだった。コクピットに座っている貴子の目の前にひょっこりと真琴が顔を出した。 「呼んでるよ」 「ええ?」 「・・・ブラック・バードの援護に向かうみたい」 EVEが言った言葉に2人は驚いた。 「ええ!?」 「ホントですか?」 「さっき、ブリッジの端末コンピューターに表示したから」 その言葉に2人は「なるほど」と納得した。2人はレッシュが“漆黒の鷹”を助けに行くことにはさほど驚きはしなかったが、EVEがその情報をいち早く手に入れていることに驚いた。レッド・バードと同時にレイザーのコンピューターに接続しているため、分からない話でもないのだが。 「よっしゃ、後は私に任せて!貴子さんはブリッジに!」 「わかりました。・・・EVE?」 「ん?」 貴子はコクピットから出ようとして、途中でやめてEVEに言った。 「隊長を頼みます」 「・・・大丈夫よ。もう、私は迷わないから」 力強く帰ってきたEVEの言葉に貴子は笑顔で返した。“彼女”が“見えている”かどうかは分からないが、貴子はその場を後にしてブリッジに向っていく。 「さ、後はこれをセットするだけ」 「了解。セットアップ開始」 EVEに取り込まれたディスクからデータが吸い出され、レッド・バードへと還元され始めた。ケージが溜まっていって最適化が終了し、「COMPLETE」の文字がEVEのモニターに表示される。丁度その時、パイロットスーツ姿のレッシュが、ヘルメットを持って格納庫へと現れた。 「真琴!準備はいいか?」 「完璧!すぐに出れるよ!」 レッシュはレッド・バードのコクピットに掛けてあった昇降用のリフトから降りてくる真琴と入れ替わりにリフトに乗った。リフトで上がっていき行くレッシュを見上げながら真琴は言った、 「EVEはちゃんとあわせてあるから!」 「ああ!」 「絶対に帰ってきてよ!」 「分かってるよ」 レッシュは笑ってそう言うと、レッド・バードのコクピットに滑り込んだ。すでにレッド・バードはアイドリング状態になっていて、すぐにでも動ける状態になっていた。EVEがレッシュの反応を感知して、モニターが展開する。 「レッシュ」 「・・・大丈夫か?」 「ええ、平気よ。サポートは任せて」 静かに言うEVEの言葉は力がこもっていた。もう、大丈夫だろうとレッシュは笑顔を見せた。その時、EVEの端末にブリッジからの通信が開いた。そこには優美が映る。 「レッシュ!!」 「・・・これからタカを助けに行く」 その言葉をレッシュの口から聞いて優美は笑顔を見せた。照れくさそうに頭をぽりぽりと掻きながら、レッシュに激励の言葉を掛ける。 「何も言わないって言ったけど・・・頑張って。ちゃんと、帰ってきてね」 「ああ、行って来るよ」 「・・・うん」 そう言って、お互いほぼ同時に通信を切った。優美は通信を切って、ふふっと笑った。それを見たミコが横で笑っている。 「・・・いい雰囲気ね」 「え!?あ、このー・・・何が?」 「言葉になってないわよ。まあ、いいけどね」 「ちょっ!ミコさん!」 赤くなって言い返す優美をミコは軽くあしらって射撃管制の席についた。シェリーと貴子がそれを見てくすくすと笑っていた。 「もう・・・」 優美は赤くなったまま、友子の横のサブオペレーターの席に付いた。本当なら一緒に出撃したいが、レッシュの“言いつけ”だ。ちゃんと守りたい。友子のコンピューターにレッシュから出撃要請が出される。 「ハッチ開放!・・・進路クリアです。出撃してください」 「レッシュだ!レッド・バード行くぞ!」 赤い機体は床を蹴って、地中海へと飛び出して行く。一旦重力に引かれて海に落ちていく赤い機体は戦闘機形態へと変形した。一気に加速してブラック・バードの所へと飛んでいった。 「G接近!」 「迎撃!!主砲、副砲照準!!・・・撃てぇ!!」 ブリッツェンがキャプテンシートで叫んだ。放たれたエネルギー弾は回避され、1機もGを落としていない。その時、1機のGが左舷に取り付こうとした。 「左舷迎撃!!」 すぐさま反応したブリッツェンは指示を出した。取り付こうとしたフロウは迎撃用の機銃に阻まれて撃墜される。次々とライフルの弾がジア・エータを襲う。 「くっ・・・この数では・・・」 このままの状況では撃墜されるのは時間の問題だ。ブリッツェンは迫るGを睨みつけ歯をかみ締めた。 「今日こそは!!」 「ちっ!・・・ブレードじゃなんともならねぇ!」 翼が迫る桜のGと一旦距離を取った瞬間、ライフルの弾がブラック・バードを掠めた。2機のウィング・グロリアスが迫ってきていた。次々と、ジア・エータに向かい世界政府軍のGが過ぎていく。 「くそっ!数が多過ぎる!!」 「待て!!」 翼は舌打ちするとジア・エータに引き返した。それを桜のGが追う。だが、戦闘機形態に変形したブラック・バードにどんどん離されていく。桜はスロットルを全開に開いても差は縮まらない。翼の目に映ったのはジア・エータの周りに飛び回る5機のGを捉えた。そのうちの一気に翼は照準を合わせ、リニアライフルを放った。直撃し、地中海に落ちる。 「すまない!」 「とりあえず、コイツ等を片付ける!!」 翼はブラック・バードを人型に変形させ、ブレードを展開した。スピードを生かした攻撃で、一気に4機のGを斬り落とした。 「・・・強い」 「俺たちは姉さんの援護です!こっちから仕掛けることは避けましょう」 「ええ、そうね。アイツの実力は痛いほど分かってるから」 青年の言葉にビリシャは素直に頷いた。2人でかかっても“漆黒の鷹”には遠く及ばない。今、この部隊では“乱れ桜”である桜だけが唯一、“漆黒の鷹”に対抗できるからだ。 「“漆黒の鷹”!!」 「しつこい女は嫌われるぞ!!」 「なっ!?」 ブラック・バードを再び桜のGへ向けた翼はペダルを踏み込んで一気に機体を加速させた。桜は思ってもいなかった言葉を言われて赤くなった。腹が立って、機銃をブラック・バードに向って放った。その時だった。ジア・エータと世界政府軍の戦艦のレーダーに同時にそれが映し出された。 「レーダーに反応・・・これは!!“深紅の鷹”出現!!」 「・・・あ!レッド・バード出現!!・・・熱源反応来ます!」 強烈な3つの光がジア・エータに取り付こうとしたグロリアス3機の手足を破壊して戦闘能力を奪った。その出現に翼も桜も驚く。ビリシャも青年もその姿を見た。そして、彼が桜が命令で倒さなければならない相手だとすぐに気づいた。その命令に彼女が涙した姿が思い出される。 「・・・あれは!?」 「レッシュ!!」 レッド・バードは空中で急制動を掛け、人型に変形すると海上を滑るように移動していたフロウ6機の前に立ちはだかった。“シルバー・アロー”を限界発射数である6発放ってフロウを海に沈める。圧倒的なその力に誰もが驚く。 「レッシュ!何しに来たんだ!?」 翼はレッシュが来てくれた事が嬉しかったが、素直に言えない自分が腹立たしかった。“真実”を知り、翼の中ではレッシュは既に敵ではなかった。その反応にレッシュはふっと笑う。 「お前を助けに来たんだよ」 「へっ!・・・助かったぜ・・・あとでお前に話がある」 「話?」 レッシュは首を傾げた。話とはなんだろうか。この前のことだろうか。それに重なるようにして、今度は女性からの通信が開いた。 「・・・あなたは!?」 桜は翼と開いたままの通信から聞こえてきた名前に心を揺り動かされる。彼は撃破の対象であり、桜が追いかけ続ける“あの人”の瓜二つの男だった。 「レッシュ!?」 「・・・誰だ?」 「あの桜色のグロリアス・バーサスからの通信よ。・・・強制通信みたいね」 突然自分の名前を呼ばれてレッシュは辺りを見回した。数機のGが飛び交い、どれからの通信からかは分からない。だが、すぐにEVEが検索し、対象を探し出した。モニター上に赤くマーキングされた。 「・・・ピンク色、二刀流・・・“乱れ桜”・・・あんたか!?」 「私の話を聞いて!!」 桜は必死にレッシュに向って叫んだ。隙を見せた桜のGにブラック・バードが一気に迫った。 「終わりだ!!」 「くそー!!」 「はぁぁー!!」 ブラック・バードのブレードを2機のウィング・グロリアスが受け止めた。火花が走り、2機のパワーでブラック・バードが押し戻される。世界政府軍のGを次々と戦闘不能にするレッド・バードを追いかけて、桜はペダルを踏み込んだ。 「待って!!」 桜の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「EVEから通信です!」 友子がEVEから送られてきた通信を読み上げた。モニター上に表示され、レーダーと照らしあわされる。 「“漆黒の鷹”と接触に成功。・・・世界政府軍“乱れ桜”を確認!」 友子はキャプテンシートに居る貴子を振り返って言った。 「乱れ・・・桜」 丁度その時、コンピュータールームに居たクルスもその情報を見た。モニターを食い入るように見つめて、拳を握り締める。この時がやってきた。2人の復讐の時だ。 「・・・っ!」 クルスは座っていた椅子を乱暴に蹴飛ばして、格納庫へと走っていった。 レッド・バードに戦艦からミサイルが次々と放たれる。レッシュは機体を戦闘機形態に変形させ、“シルバー・アロー”とミサイルとエネルギー弾を同時に放った。神経を研ぎ澄ませ、システムを起動する。 「“Linker”起動!」 「システム起動」 世界が変わる。クリアに広がる。全てを感じることが出来る。ミサイルとミサイルをぶつけて相殺する。エネルギー弾がいくつものミサイルを破壊する。“シルバー・アロー”で数機のGを倒した。世界政府軍の指揮官たちは噂に聞いていた“深紅の鷹”の圧倒的な強さを目の当たりにして驚愕する。 「馬鹿な・・・」 「これが“深紅の鷹”か・・・」 レッド・バードは1隻の戦艦に照準を合わせた。3発分の“シルバー・アロー”を放つ。一時のチャージから、独特の甲高い発射音が空気を切り裂いて、戦艦に直撃した。爆発と共に高い水柱が上がった。崩れ落ちていく戦艦を世界政府軍の兵士たちはただ見るしかできなかった。 「レッシュ!」 「レッシュ!!」 翼の声と泣き出しそうな女性の声が同時にレッシュに届いた。桜色のグロリアス・バーサスはレッド・バードを追いかけ続けていた。 桜は必死に叫んだ。 もう、戦いたくは無い。 もう一度、彼の顔を直に見たい。 もう一度、彼の声で自分の名前を呼んで欲しい。 その桜の思いを砕くような通信が彼女に届いた。 「美山少佐?撃破対象は目の前です。どうしたのですか?」 「・・・レイ・・・諜報員」 通信に届いたその落ち着いた起伏の無い声はすぐに誰なのか分かった。レイは通信用のマイクを持ってシートから立ち上がった。そして、レッド・バードを追いかけるだけで攻撃する意思の無い桜に冷たく告げる。 「ヤツを殺してください」 「・・・無理よ!私には出来ない!!」 桜は涙を流して叫んだ。やっぱり彼の声を聞くと無理だった。“漆黒の鷹”を“深紅の鷹”が援護してきたということで、桜の2人は繋がっているという考えは正しかった。だがそれ以上に桜は、“深紅の鷹”をレッシュを攻撃することなんて出来ない。 「そうですか・・・。こちらとしてはどうしても殺してもらわないと。使いたくなかったのですが」 そういうと、レイはあるデータを桜のGに送信した。桜の正面の情報表示モニターにそれが表示される。それを見て桜は凍りついた。 「私の・・・故郷(まち)」 「そうです。ここは反政府軍の拠点があると目されています。ここを“アーティファクト”で焼き払います」 「・・・そんな!!」 静かに続けるレイに桜は体が震えだした。映し出された映像は荒いながらも現在の状況だろう。多くの人が道を歩き、子供たちが公園で遊ぶ姿が見える。切り替わった映像にはあの“白いG”たちが攻撃指示を待っている状態だった。 「どうですか?これでもやりませんか?」 「卑怯者!!」 「・・・あなたが“深紅の鷹”を倒せばこの町の攻撃は取りやめましょう。あくまでも拠点があると“目されている”ですから。このような強硬手段は取らずに調査した後に反政府軍だけを締め出すこともできます」 レイはふっと笑って、桜の返答を待った。桜は操縦桿を強く握った。あそこには父も母も祖母もおばもおじも居る。友達も、自分のことを姉のように慕う後輩もいる。彼らを犠牲にするわけにはいかない。桜はレッド・バードをロックした。 「彼を・・・倒せば攻撃はしないのね?」 「そうです」 「・・・わかったわ。やるわ」 そう言って牽制用のバルカンを放とうとした瞬間だった。ロック警告シグナルがコクピットに響き渡った。 「え!?」 「死ねぇ!!」 純白のウィング・グロリアスが“G-4”のフルバーストを放った。桜はギリギリでそれを回避する。バランスを崩したグロリアス・バーサスに追い討ちを掛けるようにブレードを抜いて迫ってくる。桜はそれをブレードで受け止めた。 「あの時のG!」 「・・・お前は・・・亜実と亜希の仇!!」 通信から聞こえてきたその声は“その”パイロットとは違う声だった。強く憎しみのこもった声。コクピットにはクルスが乗っていた。 「ん?クルス?」 1人の整備班の少女が格納庫を走るクルスの姿を見た。だが、その時は気にも留めずそのまま作業を続けたが、直後に警報が鳴り響く。 「ちょっと!優美ちゃん!!」 動き出した純白のウィング・グロリアスを見上げて真琴は退避命令を少女たちに出した。 「ブリッジ!!優美ちゃんが!」 「・・・はい?」 真琴はブリッジに通信をかけた。だが、ブリッジから帰ってきた通信を見ると予想外の人物が出た。 「優美ちゃん・・・何でそこに居るの?」 「え・・・私はずっとここに」 その時純白のウィング・グロリアスがレイザーから飛び立っていった。少しフラフラしながら、戦場へと向う。そのことにブリッジも気づいた。 「誰が乗っているのですか!?」 「・・・ゴメン、トモちゃん。でも、・・・あれは絶対に許せないの!!」 「ちょっと!クルス!!」 ミコが叫んだがクルスからの通信は帰ってこなかった。どうしようにも、もうGが残されていない。彼女たちはウィング・グロリアスの後姿を見ることしか出来なかった。 「アイツ・・・レッシュが狙いなのか!?」 翼はレッド・バードを追いかける“乱れ桜”に目をやった。追いかけたいが、今はジア・エータに取り付くGたちをなぎ払うのが先だ。翼は一旦、カタパルトに降り立つと準備されていたシールドを受け取って再び飛び立つ。シールドが無ければ防衛戦が圧倒的に不利になる。その時見覚えのある純白のウィング・グロリアスが現れ“乱れ桜”に攻撃し始めた。 「優美!?」 荒っぽく動くウィング・グロリアスを見て翼はその方向へ向おうとした。が、2機のウィング・グロリアスと数機のGが立ちはだかった。 「くっ・・・!」 「桜隊長を守るわよ!」 「ああ!!」 一斉にGたちがブラック・バードへと迫って来た。が、翼の敵ではない。 「邪魔だぁぁ!!」 ブラック・バードのリニアライフルがビリシャのウィング・グロリアスを捉えた。脚部を破壊されバランスを崩し海へ急降下して行く。それを部下の青年のGが追いかけた。 「きゃあああ!!」 「ビリシャさん!!」 ブラック・バードはブレードを展開し、あっという間にジア・エータ周辺のGを葬り去った。そして、真っ直ぐ“深紅の鷹”と“乱れ桜”の元へと向った。 「優美!!」 「違う!!優美じゃない!!・・・クルスって人よ!」 「何!?」 “乱れ桜”に斬り掛かったGを見れば確かに動きがおかしい。どこかぎこちなく硬い。レッシュはレッド・バードの向きを変えウィング・グロリアスに向う。桜は迫り来るそれを軽くあしらっていた。 「違う!!動きが全然!」 「もう!反応速度が速すぎる!!・・・優美っちこんな機体に乗ってるの?」 クルスはコクピットの中で叫んだ。反応がクルスの機体よりシャープだ。それにパワーも違う。しかも機動力が圧倒的に違っている。空中戦が始めてのクルスにはグラビティー・キャンセラーがあるとはいえGの急激な変わり方にはなかなか慣れなかった。 「あうっ・・・。気持ち悪くなりそう・・・でも、コイツを殺せば!!」 クルスはペダルを踏み込んでもう一度“乱れ桜”に仕掛けた。そこに、ブラック・バードが割ってはいる。その姿が“乱れ桜”庇うようなを形を取ってしまう。それをヴィラが医務室で見ていた。シーツを強く握り締め、唇を血にじむほど強く噛み締める。 「優美お前!!」 「・・・誰!?“漆黒の鷹”!?」 「お前誰だ!?・・・優美じゃねえな!何で優美の機体に乗ってるんだよ!?」 “乱れ桜”の後方からレッド・バードが“シルバー・アロー”放った。桜のGはそれを回避して、レッド・バードに向き直った。 「命令であなたを殺さなければいけないの!そうしないと・・・」 「何!?」 桜は震える声でレッシュに告げた。EVEがすぐさま反応し、レッシュに伝える。 「声に迷いがあるわ。本心じゃない!・・・それに、盗聴されてる」 「くっ!」 「大丈夫。私とレッシュは直接意志を伝えることが出来るからこっちの声は届かないはずよ」 「んなことはいい!先に何でクルスがアレに乗ってるんだ!?」 レッシュは純白のウィング・グロリアスに目をやった。動きが荒い。ブラック・バードが対峙していた。友子からの通信が届いたとEVEが告げた。 「隊長!クルスが優美さんの・・・」 「ああ、目の前に居る。こっちで何とかするしかないだろ」 レッシュは“乱れ桜”向って2発“シルバー・アロー”を放った。桜色のグロリアス・バーサスはそれを回転しながら避けた。避けたと同時に距離を離す。レッシュの計算どおりだった。その隙にレッド・バードを戦闘機形態に変形させ、ブラック・バードとウィング・グロリアスのところへと向かった。 「タカ!!」 「レッシュ!!コイツ優美じゃねぇだろ!!」 翼がレッシュに確認を取ろうとした瞬間、ジア・エータから強制通信が入った。 「翼さん!!」 「んだよ!?・・・って、医務室!?」 送られてきた送信元を見て翼は驚いた。少しノイズが入った映像だったが、医療班の後ろでは衝撃的なものが映っていた。 「ヴィラ!!」 「翼君!!聞い・・・てるの!?」 医療班がカメラをヴィラの方に向け、ズームアップした。ベッドが倒され、医療器具が散乱している。シーツや床には血が飛び散って、ヴィラの包帯だらけの体の所々から血がにじんでいる。そして、震える手で長いはさみを握りしめている。 「レッシュと“乱れ桜”を殺して!!じゃないと・・・こうするわ!」 ヴィラは手を振り上げ勢いよくはさみを太ももに振り下ろした。 彼女の叫び声が響き渡った。 「ブリッツェン!?どうなってる!?」 「分からん!隔壁が閉じられて、こっちからどうすることも出来ん!!」 ブリッツェンの言葉から向こうでも対応に追われているようだ。大変なことは同時に起きるのが世の常だ。 「翼・・・君!!何で・・・ためらうの!?あんなに・・・あんなに憎んでたじゃない!!」 「やめろヴィラ!!」 翼が叫んだ瞬間、警報が鳴り響いた。目の前にブレードが輝いた。その時、斬りかかって来た純白のウィング・グロリアスをレッド・バードが弾き飛ばす。 「クルス!!」 「だって、攻撃が・・・」 「お前が先に仕掛けたんだろ!!」 レッシュに言われてクルスは黙り込んだ。慣れない機体で“乱れ桜”にロックしたつもりが、優美が組んだロック設定がマニュアルだったため、ブラック・バードにロックしてしまった。どうしようもなかったのだ。 「・・・ごめんなさい」 「さっさとレイザーに戻れ!!」 「隊長!!」 レッド・バードを振り払って、ウィング・グロリアスが投擲兵器を叩き斬った。爆発と同時に煙る向こう側からグロリアス・バーサスが2本のブレードを輝かせて現れる。 「はあぁー!!」 「コイツだけは!!」 2機のGが激しくぶつかりあって弾き飛ばされた。急激なGが桜とクルスを襲う。 「きゃあぁぁー!!!」 「あうっぐ・・・!」 翼からすぐさまレッシュに通信が入ってきた。 「ちっ!仲間に伝えとけよ!」 「・・・マニュアルロックだったことに気づかなかったんだ!」 翼はレッシュが発した言葉に驚いた。 マニュアルロック。 通常敵機、対象をロックするときは対象の中心にロックされる。それがオートロック。 ブレードにおいても同じだ。対象の中心に向ってブレードは振り下ろされ、貫かれる。 だが、マニュアルロックは違う。すべてを人の手で行う。 着弾点、弾道を計算して放つ。相当な反応速度と腕が無いと扱えない代物だ。 それに、マニュアルロックはレスポンスが早い。一旦ロックし、ロック位置を微妙にずらす行為をしなければ、ロックしようとした瞬間に攻撃を繰り出せる。 つまり、さっきのクルスの行動は“暴走”と言ってもいいのかもしれない。 「・・・おいおい。優美はマニュアルなのかよ」 ふっと翼は笑った。あの優美が超高等テクニックで危険度が伴うマニュアルロックで戦っていることに感心した。それを切り裂くような声が翼に届いた。 「何・・・やってるの!?目の前に・・・そいつは居るのよ!!次は本当に・・・」 「やめろ!!」 ヴィラは足からはさみを抜くともう一度振り上げた。太ももからはどばっと血があふれる。医療班員たちの悲痛な叫び声も翼に届いた。 「ヴィラさん!やめて・・・」 「近づかないで!!翼君は・・・レッシュを・・・“乱れ桜”を殺すの!!・・・殺さな・・・きゃ許さない!!」 「アイツ・・・」 翼はギリッと歯をかみ締めた。ヴィラはそこまで追い込まれていたのか。このままだと本当に自分を殺しかねない。通信の向こうでヴィラは叫び続けている。 「早く!!早く殺して!!」 直後、腹部にはさみが振り下ろされた。 「くっそぉぉぉー!!!」 「タカ!?」 ブラック・バードはブレードを抜いてレッド・バードに迫った。油断していたレッシュは反応が遅れた。“体”を動かしても間に合わない。その時、EVEが輝いた。 「・・・!」 「避けただと!?」 一旦距離を取ったレッシュは翼に向って叫んだ。EVEがブラック・バードのデータや搭乗者である翼のデータをEVEのモニターに表示した。 「タカ!!お前!!」 「レッシュ!!・・・お前を倒さなきゃ・・・ヴィラが死ぬんだ!!」 「な・・・」 ヴィラがうずくまって震える。血があふれ、呼吸が早くなった。息遣いが荒い。駆け寄ろうとした医療班の男性をヴィラの必死の叫びが止める。 「来ないで!!!・・・はぁ・・はぁ」 ゆっくりと顔を上げると外部モニターに映し出された映像はブラック・バードがレッド・バードに攻撃している所だった。 「殺すのよ・・・絶対。じゃ無いと・・・許さない」 ヴィラはそのモニターを血走った目で凝視していた。 「くっ!!マニュアル解除!オート・・・これで!!」 「もう、いい加減にして!!」 桜はブレードで一気に振り払った。が、それは空を斬るだけだった。背後に純白のウィング・グロリアスが浮かぶ。クルスは操縦桿を一気にスライドさせ、グロリアス・バーサスにブレードを突き立てた。機体の左手にブレードが突き刺さったが、そのブレードを右手でしっかりと握った。 「ぎゃああっ!!・・・くっ!捕まえた」 「何で抜けない!!パージ・・・どれ?・・・ていうか、機体が引っかかってる!?」 探してもパージ用のボタンが見つからない。機体の右半分がフライング・アタッチメントに引っかかっていた。クルスはウィング・グロリアスのスロットルを開いた。急激に上昇し、Gが掛かる。同時に桜もスロットルを開く。機体が密着しているため、スラスターの熱が後ろに取り付いたウィング・グロリアスにモロに喰らうことになる。 「くうっ・・・暑い・・・」 警報が鳴り響き、コクピット内を赤く染める。内部温度が上昇し、60度を指し示した。パイロットスーツでないクルスには耐えられないほどの温度だ。 「でも・・・絶対に・・・コイツは・・・私が殺す」 「何なの!?」 ノイズ交じりで息遣いの荒い声が通信で届いた。これほどまでに自分のことを憎む相手とは何なのだろうか。 「誰なの!?」 「・・・そんなの・・・関係ないわ・・・はぁ・・・アンタは亜実と亜希を殺したのよ!!」 殺した?いつ?桜には分からなかった。今まで無数のGと倒し、多くの命を奪ってきた。その中の“2人”だろう覚えているはずも無い。 「・・・知らないわ・・・そんなの」 「あんたは・・・大切な人が殺された痛みなんて・・・わかんないでしょ!!」 クルスは途切れそうになる意識を必死で繋いで震える声で叫んだ。もうダメだ。その時、通信の向こう側から答えが返ってきた。その声もまた震えていた。 「何を知ったようなクチを言ってるの?・・・分からないですって!?ふざけないでよ・・・」 泣いているのだろうか、しゃくり上げる声がノイズに混じって聞こえる。 「あんたなんかに・・・あんたに、夫を“漆黒の鷹”に裏切られて殺されたことなんて、分かるわけないでしょ!!」 「え・・・?」 クルスは顔を引っぱたかれたような気分だった。クルスはペダルを踏むのをやめた。推進力を失い、急激に落下Gが2人を襲う。桜は構わず続けた。 「結局、“全部戦争です”で終わらせるのよ!・・・私はそんなの認めない・・・。あなたの大切な人が私に殺されたとしても、私は、自分の復讐を果たすまで死ねないのよ!!」 2人はお互いの無茶苦茶な主張を言っただけだったが、人間そういうものだ。桜はフライング・アタッチメントをパージした。と同時にウィング・グロリアスを蹴って空へと舞い上がる。そして、振りかぶって右腕のブレードを装甲が焼け爛れた純白の機体に向って投げつけた。真っ直ぐにブレードがコクピットへと向かう。 「・・・ごめん」 クルスは警報が鳴り響くコクピットでそっと呟いた。彼女もまた自分と同じ気持ちで戦っているのだろう。思いの大きさが違いすぎるような気がした。勝てない。ブレードがスローモーションで飛んでくる向こうで、桜色の背中がこう言っているように聞こえた。 「覚悟が違うのよ」 直撃するはずのブレードにエネルギー弾が直撃した。それはジア・エータから放たれたものだった。そんなことを知らずにクルスは海へと機体ごと落ちていった。 「鷹山君・・・これでいいのだな」 ブリッツェンは静かに言った。沈む機体を見てサルベージするようにクルーに告げる。残された1機のグロウにパイロットが搭乗し、地中海へと潜っていった。 「レッシュ!!・・・悪いな・・・」 「タカ!!」 「“漆黒の鷹”!!レッシュ!」 3人の通信が交錯する。声が3人に届いてぶつかりあった。ブラック・バードの上空から桜色のGが左手から右手にブレードを持ち替えて斬りかかって来た。太陽が反射する。 「邪魔だぁぁ!!!」 「きゃあっ!!」 一閃が走った。桜色のGは右腕が切断され真っ直ぐ海へと落ちていく。警報が鳴り響く中桜はコクピットで気を失っていた。切り落とされたブレードがグルグルと回って、レッド・バードに迫る。EVEが警報で知らせた。 「レッシュ!!」 「しまっ・・・」 レッド・バードは左腕の肘からシールドごと斬り落とされた。ブラック・バードが2本のブレードを突き立てる。レッド・バードの左肩から破壊され、コクピットの左側が圧迫され、爆発し煙を上げる。“シルバー・アロー”がそれを阻止する。 「終わりだ!!」 「終わらせない!!」 “シルバー・アロー”がブラック・バードを光で包み込み吹き飛ばした。爆発が起き、破片が飛び散った。黒い機体がよろめきながらその煙の中から現れた。左半身が滅茶苦茶に壊れている。それを見て、ヴィラは息を呑んだ。 「くそ・・・動けよ!!」 左腕が挟まれて抜けない。指は動くから折れてはいないが、操縦桿の感覚が無い。ただ無抵抗に落下していくだけだ。レッド・バードもコクピット周辺に甚大な被害が出ていた。至近距離で“シルバー・アロー”を放った反動だ。頭部とコクピットの正面が潰れ、“目”を完全に失った。 「レッシュ・・・?」 「大丈夫だ・・・EVEは?」 「体中痛いけど、平気・・・もう、これ以上は動けない・・・疲れたわ」 EVEが力なく答えてEVEのモニターが光を失った。レッド・バードも崩れながら海へと落ちていく。それを見て優美はシートから立ち上がり、涙を浮かべて思い切り叫んだ。 「レッシュゥゥゥ!!!」 海の中で何かが輝いた。 水柱を高々と上げてそれは姿を見せた。 レーダーにもそれが捉えられる。 「な!MU-GEN出現!!」 世界政府軍のオペレーターが驚愕する。もっと驚いたのはレイだった。 「馬鹿な・・・“無限”だと・・・」 「これは!MU-GENです!!」 「なんだと!?」 ブリッツェンはキャプテンシートから乗り出してその方向を見た。赤い機体が空高く舞い上がる。 「“無限”出現!」 レイザーでもレッド・バードが倒され戸惑っているときのことだった。それは、世界最強の力をまざまざと見せ付ける。 「忘れ物だ」 MU-GENの脇に抱えられていたのは桜色のGだった。一気に戦艦一隻に近づき、機体を放り投げた。カタパルトに叩きつけられ、更に桜色の機体が壊れる。 「撃てぇー!!」 「無駄だ」 リッジは両手にライフルをスライドさせ構えた。そのライフルから強烈な光が放たれた。主砲があっという間に破壊された。その独特の発射音は“シルバー・アロー”にどこか似ている。レイは呆然としているオペレーターに掴みか掛かるようにして叫んだ。 「おい!今すぐ撤退命令を出せ!」 「は、はい!」 「アイツは、“イレギュラー”だ・・・今の戦力では無理だ。全軍撤退!!」 世界政府軍は手際よく撤退していった。それを確認するとリッジは機体を海の中に急降下させる。海から上がってきたその両腕には赤と黒のGが掴まれていた。さらに青い水中用のグロウが続いて海上に浮かんだ。 「・・・ヴィラと言う人はいるか?」 力なく、ヴィラが顔を上げた。全回線通信だった。小さな声で答える。 「な・・・に?」 「君に見せたいものがある」 そう言ってリッジは“彼”と通信を開いた。水中用のグロウのコクピットから勢いよく少年が顔を出した。 「いいぞ」 「姉ちゃん!!俺だよ!ニーバルだ!」 「・・・ニーバル?・・・嘘・・・あなた・・・」 「姉ちゃん!?姉ちゃん!?」 ヴィラは力尽きて倒れこんだ。医療班の男性たちが容態を確認する。まだ間に合う。 「急げ!!」 リッジは全回線をもう一度開いて一言だけ言った。 「話がある」 “無限”はそれだけを言って2機をジア・エータへと運んでいった。 |